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2006年06月18日

極真会館の跡目争いとゴッドハンドの生涯(後編) 故・大山倍達の遺言は偽造だった!?  (宝島30 94年10月号)

大山倍達が自らの手で消滅させた財団法人の名が、
大山倍達自身が口述したはずの遺言状に出てくる!
いったいその背後には、何があったのか!?

石山永憲


 闘うことを生業とする武道家の人生は、日々の安寧を最大の財産とする市井の人々から見れば、おそろしくドラマティックなものである。そのなかでも大山倍達という空手家の歩んだ人生は、あまりといえばあまりに波瀾万丈で数奇なものだった。
 数度にわたる山籠りで超人的な空手技を身につけ、下山後に牛と対決してこれを素手で撲殺。その後はアメリカを皮切りに世界各国を放浪し、行く先々でボクサー、レスラー、拳法家と対戦し、そのことごとくを撃破。帰国後に実戦空手流派・極真会館を設立。今やその門弟数は全世界で累積一千二百万人を数えるに至った。
 その大山倍達が激動の人生を終えたのが、今年の四月二十六日のこと。享年七十歳。死因は肺癌だった。
 その翌日に行なわれた密葬の最後の出棺の際に、梅田嘉明審議委員長(横浜東邦病院院長)から、大山倍達が残した遺言書の存在と、その中で松井章圭氏が後継として指名されていることが発表された。松井氏は元世界王者という空手家として最高の実績を持ち、また三十一歳という若さながら、人格的にも評価が高い人物である。
 あまりにも巨大な存在だったカリスマを失った悲しみと喪失感の中にも、組織としての極真会舘が、確実に新たな歩みを始めたことを、参列した多くの人間が感じていた。
 しかし、主人公が死してなお、大山倍達の数奇なドラマは完結することを拒んだ。


偽造された遺言?

 大山倍達の死から二ヶ月近くが過ぎた六月二十日、大山倍達の次女・恵喜(えき)さんと三女の喜久子さんが、池袋の極真会館本部で、突如抜き打ちの記者会見を行なった。
 二人によれば遺言は代筆による不完全なものであり、大山倍達自身の署名も捺印もなければ、口述を録音したテープもない。そのうえ、遺言の作成遇程にもあまりに不明な点が多く、偽造の可能佳が高い。よってその遺言書に記されている松井章圭氏を、自分たちは後継として認めることはできないと訴えたのである。それだけではなく、自分たちは大山倍達の死因そのものにも大きな懐疑を抱いていると述べるなど、かなりショッキングな内容の会見だった。
 この記者会見の模様は、テレビ、新聞、雑誌などのマスコミによって大きく報道され、新体制の極真会鎗と大山倍達の遺族との確執が露見するところとなる。
 この記者会見の三日後に、今度は極真会館側が記者会見を行なった。この会見には松井新館長は出席しなかったものの、国内の有力な支部長四名が出席し、極真会館の新体制の発表と、遺族側の記者会見に対する見解が述べられた。この時の記者会見の内容を要約すると次のようになる、
「組織としては松井新体制で固まり、分裂することはあり得ない、記者会見を行なった娘さんたちに関しては、故人が死去した時にアメリカ在住だったこともあって、コミュニケーションが十分に取れず、そのために誤解が生じているが、我々が誠意を尽くして理解してもらうしかない。遺言状については現在家裁で審査中であり、有効か無効かは裁判所が決めることである。我々としては大山家と対立する意思はまったくなく、天皇家のような存在として、ずっと大事にしていきたいと考えている、ただし、今回の件について、遺族をたきつけた一部の支部長がおり、その人間に対しては厳重な処分を考えている」
 遺族側の記者会見は、正直言って、センセーショナルな内容ではあったもののかなり感情的であり、要旨がやや伝わりにくい感があった。それに対して、極真全館側の記者会見は冷静で理路整然としたものであり、勝負で言えば会館側の判定勝ち、といったところだった。この会見の数日後に、遺族を煽動したとして、北海道支部長・高木薫氏の除名処分が発表された。
 その三日後の六月二十六日に、国内のみならず世界各国から実に六千人の弔問客を迎えて、故・大山倍達極真会館葬が東京・青山葬儀場で行なわれた。その場で、六日前に記者会見を行なった恵喜さんと喜久子さんは、再びショッキングな行動を起こす。
 式場内では大内啓駄閏凖涸旭儖・后・鎮聰探・匳圧脹ゝ聴・¬_莢箸寮崢揺堝麌廖・侏イ瞭4・瓩箸い辰拭∪諺阿慮凌佑慮鰺Т愀犬旅C気鯤・譴覲導Δ・蕕猟ぬ箋劼・鸚覆靴董△・瓦修・某声阿料魑靴・弔泙譴討い拭・靴・掘∨寨茲覆蕕仄鮎譴虜彙鼎砲△襪呂困痢・凌佑琉箙析そこにはなぁγたのだ�」
 なんと故人の遺骨は式場の外で、次女・恵喜さんの肩に掲げられ、雨に打たれながら一般の弔問客を迎えていた。やがて式場を途中で退出してきた三女の喜久子さんが、恵喜さんの横に並ぶ。そんな二人の周囲を、百名以上の屈強な道場生が取り囲んだ。マスコミとの接触を封じるためと、弔問客の目から二人の姿を隠すのが目的だった。
 この模様が雑誌、スポーツ紙に報道されたのを最後に、遺族側は大きなアクションは起こしていない。
 では、遺族側は極真会館と和解したのか? 答えはNOである。むしろ日を追うごとに、極真会館、そして松井新館長への不信の念は深まっているようだ。
「最近、毎晩のように夢を見るんですよ。松井さんたちを絞め殺す夢を。こんなに人のことを憎んだのは、生まれて初めてです」
 これは取材の際に、三女の喜久子さんが言った言葉である。今年二十一歳になったばかりの彼女が、なぜこんな怨嗟の言葉を吐かねばならなくなったのだろうか。遺族たちはいったい何に対して怒り、何を望んでこのような過激ともいえる行動をとり統けるのだろうか。そして、ここまで彼女たちに疑念を抱がせるに至ったものは、いったい何なのだろうか。


極真会館の反論

 今回の騒動の鍵を握ることとなる遺言書の存在は、大山倍達が死去した当日に行なわれた記者会見の席上で明らかにされた。しかしその時点では、肝心の智弥子未亡人は、遺言書の内容はおろか、存在さえも知らされていなかったという。
「私は毎日主人の看病に行っていましたが、遺言書のことなんかひと言も聞いていません、主人が死んだ日に、記者会見で発表があったそうですが、じゃあ私だけが知らされていなかったことになりますね」
 結局、智弥子未亡人が遺言書を管理していた梅田嘉明氏からその存在を知らされたのは、夫の死から一週間以上過ぎた、五月六日のことだったという。夫を失ったばかりの、傷心の智弥子未亡人を慮ってのことだったのかもしれないが、このことも遺族が遺言書に対する疑惑の念を深めることとなる、ひとつの原因となった。
 さてここに、遺族側がその内容と作成過程に大きな疑惑を抱いている、問題の遺言書のコピーがある。この遺言書は大山倍達が死去する一週間前の四月十九日に、五人の証人の立ち会いのもとで大山倍達が口述し、それを極真会館の相談役で弁護士でもある米津稜威雄氏が筆記したとされているものである。
 遺言書の最後には、代理人となった前述の米津氏のほかに、梅田嘉明極真会館審議委員長、大山倍達とは長く盟友関係にあった故・柳川次郎の葬儀委員長を務めた黒澤明氏、元全日本王者で現在は岸和田市会議員を務める大西靖人氏、そして米津氏の息子で、大山倍達の晩年に私設秘書を務めた米津等氏の署名捺印がある。そして遺族側が言うとおり、確かに大山倍達本人の署名捺印はどこにもない。
 しかし、極真全館相談役も務める長島憲一弁護士によれば、
「民法では病気やケガで、本人自身が遺言書を作成することが困難な場合、三名以上の証人の立ち会いのもとに、代理人が口述筆記を行なうことが認められています。これを危急時遺言といいますが、この遺言書がまさにそれに当たります。遺族の方は本人の署名がないのがおかしいとおっしゃっていますが、危急時遺言の場合は署名があると、かえって無効になってしまうのです」
 つまり本人の署名捺印がないことは、この場合に関してはまったくおかしなことではないというわけである。
 また、今回の騒動の裏側で暴力団関係者が暗躍しているという噂のもととなった、山口組系黒澤組元組長・黒澤明氏(山口組から一和会が分裂した際に引退)の名前が証人の中にあることに関しては、山田雅俊極真会館城西支部長はこのように語っている。
「黒澤さんと大山総裁とは、戦後間もない頃からの古いお付き合いで、総裁が亡くなる前もずっと病院で看病に立ち会って下さいました。また、元暴力団の組長といっても、現在は引退して更生の道を歩まれているわけですよ。元暴力団ということだけで、人を疑いの目で見るのはどうかと思うんですが」
 遺族が誰も立ち会っていないため、疑いだせばキリがないのは確かだが、前述の極真会館側のコメントは、一応は納得できるだけの説得力を持っている。


遺言の中身

 では間題の遺言書の内容とは、いったいどんなものなのだろうか。
 遺言書は十四項目からなっており、第一項から五項までは、極真会館・国際空手道連盟(現状ではこれはほぼ同一のものと考えていい)と、それに関連する法人と会社の今後の運営についての指示が記されている。
 続く第六項から十二項では遺族に対するケアと、池袋の本部道場を極真会館に寄贈することなど、大山倍達個人名義の財産・負債についての指示。そして遺族は今後極真会館の運営に関わらなことなどが記され、残る十三、十四項には追記というかたちで、北海道と韓国にいる愛人と子供に対するケアについての指示が記されている。(次頁に全文掲載)
 下世話な考えをすれば、遺族が不満を持っているのは、北海道と韓国の愛人への処遇についてのように思えるが、智弥子未亡人はこれを言下に否定した。
「会館のみなさんはそのことに気を遣って私に遺言書を見せなかったとおっしゃるんですよ。でも私がいまさらヤキモチを焼くような年ですか。五十年近く連れ添って、外に子供がいるくらい何の不思議もない人だったことは、私がいちばん知ってますよ」
 このことに関しては、恵喜さんも喜久子さんもほぼ同じ考えを持っている。
 では、不満の原因が七項から十二項に記された財産・負債の相続と、遺族へのケアに関することかといえば、これも違うようだ。これらのことに関しては、むしろ遺言書の文面を見る限りでは、かなり遺族に有利な内容になっている。
 まず智弥子未亡人、長女の留壱琴(るいこ)さん、二女の恵喜さん、三女の喜久子さんに対して、会館側は毎月それぞれ百万円を支払うよう指示されている。また石神井の自宅、御宿の土地、湯河原の別荘などの不動産も未亡人と娘たちが相続。極真会館への寄贈が指示されている本部道場の土地と建物(登記は大山倍達個人名義)についても、相続税のことを考慮すれば、決して遺族にとって不利な内容とは思えない。
「文面のとおりにお金をいただけるんなら、こんな有り難い遺言書はないでしょうね。でも、母はともかくとして、私たちは働くことができますから。本部道場の建物と土地にしても、確かに遺言書どおり極真会館に寄付したほうが、金銭的には有利なこともわかっているんです。私たちが不満なのは、お金のことではないんです。遺言書そのものがインチキで、その作成に関わった人たちと、それによって動いている人たちが許せないと言っているんです」(恵喜さん)
 もっとも現在、遺言書に記された遺族に対するケアで実行されているのは、智弥子未亡人に対する月百万円の支払いのみ。娘たちへのケアや家のローンの支払いが行なわれていないばかりか、大山倍達の著書の原稿料や印税も、遺族のもとには入っていないという。これも遺族が極真全館側に不信感を抱く原因のひとつとなっている。


極真奨学会はなかった!

 このように遺族は、故・大山倍達の遺言書に対して深い疑惑の念を抱いている。だがそれは、ほんのささいなことの積み重ねからだったという。
「決して除名された高木さんに、何かを吹き込まれたからというわけではありません。遺言書の存在のことをなかなか教えてくれなかったこと。松井さんたちが母や私たちを避けているように見えたこと。密葬のときのお香典がどこに行ったのかわからなくなってしまったこと。いつも現金がいっぱい入っていた父のカバンがいつの間にか消えていたこと。ひとつひとつのことは、ほんのささいなことかもしれません。でも、それでいろんなことを調べていくうちに、とんでもないことがわかったんです」(喜久子さん)
 遺族の調査によって、遺言書の中にも出てくる財団法人極真奨学会が、昨年、大山倍達自身の手によって、消滅させられていたことがわかったのだ。
 極真奨学会とは、全日本大会などの入賞者に賞金を出したり、本部道場に住み込みで空手の修行をする内弟子の育成に関する業務を行なうために設立された財団法人である。
「毎年何万円かを役所に払えばいいだけなのに、どういうわけか父はその支払いを、三年ほど前から行なっていなかったんです。支払いの命令書が何度も来ていて、父も知っていたはずなんですが、なぜかそれをずっと無視していたんです。それで去年、とうとう財団法人極真奨学会は消滅してしまったんです。これは松井さんはもちろん、極真奨学会の理事長をしていた梅田先生も知らなかったことです。というよりも、極真会館の中でこのことを知っていたのは、おそらく父本人だけだったんじゃないでしょうか」(恵喜さん)
 大山倍達自身の手によって消滅させられた財団法人極真奨学会が、大山倍達自身の口述のもとに筆記されたという遺言書に出てくる。常識的に考えて、こんなことがあり得るだろうか。
 そもそも大山倍達が韓国籍から日本国籍に帰化した主な目的のひとつが、この極真奨学会の法人認可を取得することだったという。そうまでして手に入れた法人認可を自らの手で消滅させたこと自体が不可解なことだが、そのうえ、それを忘れて遺言の口述を行なうなどとうてい考えられないことのように思える。
 例えば遺言書の第一項には、極真奨学会が財団法人であることを前提として、その拡充を行なうことと、可能であれば、いまだに法人認可を受けていない極真会館と国際空手道連盟を吸収することなどが指示されている。
 どうしてこのような矛盾した遺言書が作成されたのだろうか。考えられるケースは次の三つである。
@本人が何らかの意図を持って、このような矛盾した内容の遺言を残した。
A本人の意識が混濁した状熊で口述が行なわれた。ちなみに当初の発表では、鎮痛剤の投与は行なわれていなかったとされていたが、遺族側がカルテを調べたところ、何度かモルヒネが投与されていたという。
B遺言書そのものが、第三者の手によって創作された。
 もっとも非現実的なケースである@の場合はともかくとして、AやBのケースであったとしたら、遺言書に記された娘の名則が違っている(遺言書の中で留壱琴さんは改名前の名前である京喜、恵喜さんは恵喜子と書かれている)ことなどの、いくつかの細かい疑問点も納得がいく。もちろんこのような遺言書がまったく無効であることは言うまでもない。
 しかも、Bのケースであったことが証明された場合はもちろんのこと、Aのケースの場合でも、証人として名前を連ねている五名は、私文書偽造などの罪に問われる可能性すら出てくるのだ。


泥沼の対立

 現在、この遺言書は家裁で確認手続き中であり、有効か無効かの審判が下るのは、当初の予定よりもかなり伸びて、九月の末くらいになるということである。
「私たちの弁護士さんの語では、かなりいいかげんな内容の遺言書でも手続きはほとんどパスしてしまうということなので、そうなった場合は、改めて遺言書の無効審判を起こす予定です」(喜久子さん)
 しかし、もしも遺族が考えているように遺言書が偽造されたものであったとすれば、いったい誰が何の目的でそのようなことを行なったのだろうか。
 空手界に詳しい人間によれば、極真会館のように文部省管轄下の体育協会に所属せず、町道場を母体とした団体の場合、その利潤はそんなに大きなものではないという。
 極真会館の主な収入源としては、道場生の入会費、道場使用料(月謝)、昇級・昇段における認可料、そして大会の入場料などがあるが、それらを合わせても、本部に集まってくる金は、多くて年間に二〜三億円のレベルのものだという。そこから職員や指導員の人件費、会館の運営費まで出していかなければならない。
 門弟数一千二百万人というのも、あくまで設立以来の累積入門者数で、現時点での実質的な道場生数となると、その十分の一以下になると言われている。そう考えると、空手団体としての極真会館は、大きなリスクを背負ってまで"乗っ取り"。を画策するほど、うま味のある組織であるとは思えないのだ。
 しかしその一方で、遺族や何人かの関係者の証言によれば、大山倍達個人は国内だけでなく、世界各国に広がるその広範なコネクションを利用した利権をいくつか持っており、それによってかなり多額の収入を得ていたという。道場生による選挙の票まとめから、企業の海外市場進出の際のコーディネートまで、大小さまざまなアングラ・マネーが大山倍達のもとに集まっていたというのだ。
 だとすれば、そうした利権目当ての行動と考えられないこともないが、それらがどれほどのカネを生み出すものであったかは、遺族でさえもほとんど把握していないという。
 どちらにしても、今や遺族の極真会館に対する不信感は、まったく埋めがたいものとなってしまっている。極真会館側は遺族に対して理解と話し合いを求めているが、遺族は会館側を"乗っ取りの一味"とみなし、あくまでシロクロの決着を付けようとしている。
 遺族側の記者会見後、遺族と松井館長が何度か話し合いの席についている。しかし、遺言書の無効を前提として話を進める遺族と、有効を前提として話を進める松井館長とでは、ほとんど接点を見い出すことができず、結局はもの別れに終わった。
 遺族は最終的にどのようなかたちになることを望んでいるのだろうか。
「とにかく松井さんたちとは一緒にやっていくつもりはありません。遺言書の偽造を一日も早く証明して、あの人たちには本部道場から出ていってもらいたいんです。建物の相続税がかかるならば、石神井の家を売ってでもそれを払って、父が建てたあの建物を守りたいと思っています。とにかく、あの人たちに父が残したものをこれ以上好きにされるのは、絶対に許せないんです」(恵喜さん)
 *
 実は、取材をすべて終えた今、自分はとんでもないことをしてしまったのではないかという自責の念にかられている。万一、この記事がきっかけとなって極真会館が分裂してしまうようなことになったら、私は自らの手で自分のもっとも愛するもののひとつを破壊してしまうことになるからだ。
 中学生の時に『空手バカ一代』(原作・梶原一騎)を読んで以来私は今もって大山倍達と極真空手の熱烈なファンである。上京してからは、毎年秋の全日本大会は欠かさず会場で観戦してきた。
 そんな私にとって大山倍達の死は大きな衝撃であったし、その後の遺族と極真会館の確執も、単純に面白がることはできなかった。だからこそ、この騒動の真相が知りたかった。いったい誰の言っていることが正しいのかを知りたかったのだ。この記事の企画を本誌に持ち込んだのも、そんなごく私的な動機からだった。
 取材の結果は、読んでのとおりである。大山倍達の遺言書とされる文書については、どうしてもある疑惑の念を抱かざるを得ない。勝手なことを言わせてもらえば、それは取材を行なった私自身にとっても辛い緒論だった。
 私は、自分の中の金閣寺を焼いてしまったのかもしれない。

追記
 極真会館側を代表して、何度か当方の電話インタビューに応じてくれた山田雅俊氏には感謝の言葉もない。当方の不愉快な内容の質問に対しても、山田氏はいつも誠実かつ紳士的な態度で答えてくれた。山田氏にはこの場を借りて、改めて感謝の意を表したい。
posted by KarateKid at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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